こそあど記録 〜 いろいろおきらく、じっさいごくらく 〜

本業は育児。ワーキングマザーでしたが、会社を辞めて専業主婦へ。家事、育児をはじめ生活の記録

想像力ということにしてみる

たしかに子どもができる前は、ワーキングマザーがどういった思いや苦労や喜びを抱えて働いているのかってこと、いまいちピンとこなかった。当事者にしかわからないことってあるもの。


子育てしながら働いている先輩女性たちのイメージは“バタバタ出社して、朝なのにすでに疲れていて、パパパと16:00頃帰り、お子さんが熱を出したとかで急にお休みすることもあって、とにかくなんだかいつも大変そうな人たち”。

 

同じ女性とはいえ、自分が先輩方と同じ道を歩むかどうかは自分でもわからない。将来自分が子どもを産むのか産まないのか、産めるのか産めないのか、これは自分でコントロールできない領域。

結婚はしようと思えばできるんじゃないかと結婚してみて思うけど、子どもは欲しいと思ったって授からないこともありうる。

 

ペーペーで入社して仕事がんばって、するとそのうちリーダー的な存在になって、そのうちもしかして管理職的になって・・・とキャリアの重ね方について目標を定めるのとは別に、出産についての不確定要素を考慮するとなると、ロールモデルをどなたのバージョンに設定してよいやら、定まらない。


そんなわけで、子どもがいる生活はどこか他人事でした。


働く母同士だと初対面でもなんだかんだと話題はつきなくても、子どもがいなかった頃それらの話題はへー、ほー、としか相づちを打てない。


しかし例えば待機児童がどうたらってニュースや、予防接種の副反応がどうのってことを我がごとに思えないのはしかなたいことで、へー、ほー、くらいでも相づち打ってただけ上等だと我ながら思うことにしている。


子育てに専念したい人はしたい間専念でき、仕事は持ち続けたいわという人は持ち続けながら子育てし、介護してる人や、子どもがいない人も、それぞれの立場で素敵な生き方ができる社会がいいなあ。


すると、自分とは違う生き方をしている人のことも、へー、ほー、の相づち打つしかきっとできないけど、聞く耳を持ったり、ちょびっとでも相手の生活を想像したりすることは悪くないことではないかと思う。


ほー、保育園にもいろいろあるのね。へー、子どもがインフルエンザにかかると親はたくさん仕事休まなきゃならないのね、あら今の小学生って学校であんまりプールの授業ないのね、とか。

そうだよそうだわよ、子育てしてなければ、へー、ほー、あら大変ー、しか言えないわけだけど、そういう人もいるんだな、と、ほんの少しの想像力のおかげで助け合えたり救えたり救われたりってことがありそうに思います。