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こそあど記録 〜 いろいろおきらく、じっさいごくらく 〜

本業は育児。ワーキングマザーでしたが、会社を辞めて専業主婦へ。家事、育児をはじめ生活の記録

お習字から書道へ、そして今ペン習字です。

私とお習字

小学生になってわりとすぐに、クラスメートの女の子のおうちがお習字教室だったのでお習字を始めました。自宅の一室で、それほど広くないお部屋で、テーブルとイスがあって、おばあちゃん先生がイスに座っている。私をはじめ子どもたちは字を書いたら先生のところへ持っていき赤を入れてもらって、また戻る。クラスメイトの女の子もそのお習字教室の生徒のひとりなので、私にとってはお友達のおうちに遊びに行く、くらいの感覚だったと思います。このお教室がなんともおもしろくなくって。わりとすぐにやめてしまいました。

 

 それにしても今って、こんなかわいい書道セットなのですね。

あかしや 書道セット キングダム AF42-KD

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呉竹 書道セットハッピーミュージック柄GC650-11

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私のときには赤と黒の何のかわいげも無い書道セットが一般的でしたが。 

 

記憶に残る、いも飴先生

その後、3年生のころ、母がどこで見つけてきたのかおじいちゃん先生のお習字教室に通い始めました。そちらはおもしろいと思えたので続きました。先生の字が圧倒的に素晴らしかったのです。その場で書いてくださるお手本も「すごい!」と子どもながらに思ったし、赤で直して下さる時のひとことアドバイスも「なるほど!」と子どもながらに思えた。かなり級もあがり、腕前もあがったような感覚がありました。しかも、おじいちゃん先生が時々「いも飴」をくれるんです。毎回じゃない、たまーに。それがとっても美味しくて、楽しみで楽しみで。

 

いも飴とは、こういうものです。懐かしい!

九州 鹿児島名産 冨士屋あめ からいも飴 130g

価格:205円
(2015/3/20 18:00時点)
感想(9件)

 

つまらない、などとはたぶん1回も思わずに真面目にいも飴先生のお習字教室に通っていたと思います。素敵な門構えのお宅で、わりと広くすっきりとしたお部屋をお教室にしてあり、いかにもお習字教室と思えるたたずまい。

お稽古中にガラガラっと玄関が開くことがあり、どうやらお買い物から戻られた奥様らしく、先生が玄関まで行ってぼそぼそっと会話をなさり、またお部屋に戻っていらっしゃる、けれど奥様は決してお教室に入っていらっしゃることはなく、あくまでも先生は先生、でした。そうした記憶も鮮明に残っています。

ところがある時、いも飴先生が郷里に帰られることになり、残念ながらお習字教室自体がなくなってしまいました。人格のあらわれた素敵な字。もっと教えていただきたかったです。

いも飴先生に「お習字をやめちゃうのはもったいないよ」と助言され、母がまたまた探してきた近所のお習字教室へ移りました。今度はおばあちゃん先生でした。

 

おばあちゃん先生で師範まで

いも飴先生のおかげで基礎力がついていたのか、ぐんぐん級があがり段位に突入しました。おばあちゃん先生には最初から「すごいすごい、あなたは上手い」と褒めちぎられて通っていた記憶があります。そのお教室が所属する書道会の展覧会でも入賞して、その価値はなんだかよくわからないけど言われるままに表彰式へ行き、表彰状をいただいて。

中学生のころだったか、ある時、おばあちゃん先生が真面目な顔でおっしゃいました。

「私では面倒見きれないから、会長先生のところに通いなさい。あなた、もっとうまくなるから。」といったようなことを言われたのを覚えています。そんなに習字という習い事に入れ込んでいたわけではないのに、わざわざ“すごそうな”先生のところに行くだなんて、重すぎる提案でした。自転車でぴゃーっと通えて、お手本のとおりに書いて、段位があがっているだけ。私にとってお習字とはそれ以上のものではなかったのです。先生からの提案にどう返事をして良いかわからず、無言のまま座っていたような気がします。

自分で答えたのか、親が後でやりとりしたのかわからないけど、そのままおばあちゃん先生のところに通い続けました。ごく普通のおばあちゃんで、やはり自宅の一室で、和室に座って書くのですが、そのお部屋はご家族の居間をお稽古の時だけテーブルを隅っこにぎゅっと押しやって空間を作っていたお教室でした。

大学に入ってすぐのころに、とうとう、児童部の師範をとりました。看板もいただいて。でもその後すぐに、あまり未練もなくやめてしまいました。おばあちゃん先生の人柄や字にほれこんでいたわけではないこともあったかもしれません。師範を取りたい!という目的もなく、ただ小学生のころからの習い事の一つとして通い続けていただけだったので、児童部の師範をとったこと、大学生活が忙しくなったことであっけなくやめられたと思います。

今思えば、師範を取るお勉強をしている時も、「書道」と思ったことはなかったなと思います。今は、あの時やめていてよかったかもしれない、とさえ思います。

 

とめはねっ! 鈴里高校書道部 1 (1) (ヤングサンデーコミックス)

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お習字から書道へ

社会人になってから、通勤途中のカルチャースクールでテニスやら英会話やら習っていたのだけど、書道講座も開講されていたので「そうだ書道やろう」と思いつき、通うようになりました。心のどこかで、師範といっても児童部だし、もっときちんと学びたいなと思っていたような気がします。

 

先生との出会いって大切

書道の世界の毎日系だの読売系だのもさっぱり知らない私でしたが、たまたま、毎日系の先生のお教室でした。先生の書はそれはそれは素晴らしく、刺激的でした。これも書なの!?と常識をひっくり返されるような作品ばかり。展覧会に向けて生徒さんたちが取り組む作品も前衛のものが多く、私などが書いたこともない大作を仕上げていらっしゃる。

その先生との出会いによって、私の中で「お習字」が「書道」へ切り替わったと思います。

私も芸術っぽいのが書きたいなー!と勝手にウキウキしていましたが、基本あってのこと。このお教室で初めて「臨書」という言葉を知りました。古典をしっかり学ぶこと、基本がしっかりできていて応用だ、ということなのですね。

カルチャースクールなので気楽な感じで始めたのですが、尊敬できる素晴らしい先生のご指導のもと、私はせっせと臨書に取り組みました。この臨書がとってもおもしろくて、ただ文字の形を真似するのが最初でしたが筆遣いを意識し、リズムを意識し、ブレス(息継ぎ)まで考えて書いていたような気がします。文学部出身でもあるので漢文の読み物としての面白みを感じ、一通り臨書したら、また最初から、というように何度も何度も取り組みました。

 

一番書いたのは、雁塔聖教序。

雁塔聖教序[唐・褚遂良/楷書] (中国法書選 34)

雁塔聖教序[唐・褚遂良/楷書] (中国法書選 34)

 

 

 木簡も書いたなあ。

木簡・竹簡・帛書[漢・晋/隷書] (中国法書選 10)

木簡・竹簡・帛書[漢・晋/隷書] (中国法書選 10)

 

 甲骨分は可愛らしくて書いていて楽しかった。

甲骨文・金文[殷・周・列国/篆書] (中国法書選 1)

甲骨文・金文[殷・周・列国/篆書] (中国法書選 1)

 

 

 そして避けては通れない、蘭亭叙も。

蘭亭叙〈五種〉[東晋・王羲之/行書] (中国法書選 15)

蘭亭叙〈五種〉[東晋・王羲之/行書] (中国法書選 15)

 

 

 

こうして古典に接することで、それまで平面として意識していたものが立体に、空間に感じられるようになったような気がします。

 

そして今、ペン習字へ

展覧会が近づくと、家族が寝静まってから自分の部屋の床に下敷きと紙を敷いて、中腰になって大きな筆を操り、ひたすら作品作りにとりくみました。20代の女性が睡眠時間を削ってまで書に取り組むなんて、やるじゃないの!とその頃の自分に言ってあげたい。

当時のあまりにも大きな作品は、ずーっと実家の玄関に飾られていましたが、最近自らはずしに行きました。今の家には似合わないので飾るところ、ないなー。

引越し、結婚、出産ですーっかり書道の世界を離れてしまいましたが、やってよかったと思う習い事です。

今は子どもが小さいので自宅で墨や筆を操るのは控えた方が良いと思うけど、何か書きたい 笑。というわけで、実用的なペン習字をがんばってみようと始めたのです、昨年。

書道をしていればペン習字(硬筆)が自動的に上手になるわけではなく、それとこれとはどうも違うようです。記憶をたどってみても硬筆、ペン書きが得意だったことはなく苦手意識しかありません。

書道といっしょで地味な練習が効果あり、と思うので少しの時間だけどせっせと練習しています。そうだ、ペンでも臨書してみようっと。

 

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昔使っていたテキスト、一番がんばったチョスイリョウと木簡のテキストはしまいこんでしまってすぐに出てこない。封印を解かなくては。