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こそあど記録 〜 いろいろおきらく、じっさいごくらく 〜

本業は育児。ワーキングマザーでしたが、会社を辞めて専業主婦へ。家事、育児をはじめ生活の記録

モンテッソーリをもう少し。

最近モンテッソーリの本をもう1冊読みました。

これです。

モンテッソーリからモンテッソーリを超えて―生命に仕える教育
 

 以前に読んだモンテッソーリの本の中で紹介されていて、読んでみたいなと思ったので。少し古い本ですが、写真も含めてたいへん参考になりました。

 

このあいだ読んだ本はこの記事でご紹介しています。 

chiyokopen.hatenablog.com

 

今ここ日本で子育てをするにあたって、モンテッソーリいいな、こういう教育を子どもに受けさせたいなと思ったとします。ところが保育園や幼稚園はモンテッソーリ教育が受けられるところはぽつぽつあるけれど、モンテッソーリ小学校とかモンテッソーリ中学校とかって知りません。

つまり、これだ!と思って幼児期にモンテッソーリの環境を与えても、それから先、その子、全然違う、日本の、文科省の、義務教育の小学校に行かせなくちゃならない。それって大丈夫なの?親子ともに困惑しないの?っていう素朴な疑問がわいてくるのです。が、この本を読んだら、へぇ〜って思いました。

 

第4章「手を鍵とする子どもたち」は森貞子先生が書かれていますが、ご自分の娘さん、あいちゃんにモンテッソーリ教育の環境を与え、0歳から幼児期、小学校、中学校、高校、大学、とあいちゃんはどのように成長したのか、つまりどのようにそのモンテッソーリ教育が展開されたのかが書かれています。これがたいへんに興味深いのです。まさにモンテッソーリ教育とは、4章で森先生が書かれているように

パオリーニ女史の言葉にもあるように“ひとたび原理と方法が見出されれば、以後年齢に関係なく適応して行ける不変の教育法で限られた範囲の教育法ではない”

のだなあ、と感じました。

 

あいちゃんすごいなと思うし、あいちゃんに“仕えた”周りの大人たちに敬服します。

私もこのような母でありたいなと、こういう子育ていいな、と思いました。

 

我が子のことをきちんと見ることが大切だとわかってはいても、日々の家事や仕事に追われて、まるで作業のひとつのように子どもと接してしまうことがあり、可愛い可愛い寝顔を見て反省することもしばしば。

 

素敵な実例を読み、子どもにどういう環境を与えるのかって一大事だなあ、親って責任重大だなあ、と思いました。介入のしすぎは禁物ですがね。

日常生活をもっと大切にしよう。

 

モンテッソーリの幼児教育 ママ,ひとりでするのを手伝ってね!

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