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こそあど記録 〜 いろいろおきらく、じっさいごくらく 〜

本業は育児。ワーキングマザーでしたが、会社を辞めて専業主婦へ。家事、育児をはじめ生活の記録

コスモスばっちり?育児と贅沢

ワーキングマザーライフ 子ども 徒然

あまり知られていないようだけど、文部科学省では「幼稚園教育要領」が定められている。そのトップに「幼児期における教育は,生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なもの」と、しっかりばっちり記載がある。

私は幼児期のことをわりと覚えていて、あの頃が人格の基礎になっているのか~と不思議な感じ。今さら取り返しもつかないことだけど、ひとつ言えることは「お母さん、ありがとう」。

 

 

 


母がしてくれて、よかったなーと思っていることの一つは「一緒に絵を描く」こと。5歳ころまで小さなテラスのある家に住んでいて、母に誘われて、そのテラスでお庭のお花なんかを描いた。

 

母は子どもの頃からず~っと絵画を習い続け、母の父が「女の絵描きなんてお嫁にいかれない」と言い出して、美術大学の受験をあきらめた人。本気で絵をやっていた人。


4~5歳の私はそんなエピソードは知るはずもなく、お母さんって絵がすごく上手だなあ、と感じていただけ。同じお花を同じクレヨンで描いているのに、母の描くお花はとても美しく、私の描く花はクレヨンでベタベタ。

 

母と一緒に庭で時間をかけて絵を描いた記憶はそれはそれは鮮明に刻まれている。母が絵を描きたかっただけなのだろうけど。

 

今、うちの子、5歳。
子どもと一緒のゆったりした時間を、と思っても、会社員の私には難しく「母が私にしてくれたことを、私は娘にしてやれていない」という思いが非常に苦しかった。


あの頃と今とでは時代が違う、今は共働きの時代、教育にはお金がかかる等、いろいろ納得しようとしたけど、私が原風景のように思い起こす“お母さんの温かみ”って、“お母さんと過ごした時間”の中にある。

これをあきらめて、私の人生は幸せか?子どもは、幸せか?

 

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さて、子どもと一緒に“コスモスの花束”を作った。
「コスモスって、どの季節のお花か知ってる?」と聞くと「秋!」と答えられるけど、コスモスの実物や絵を見て「このお花、何かわかる?」と聞くと「わからない」。

こりゃいかん。

私と一緒に作業する娘の姿はそれはそれは幸せそうで、私はこの顔を見るためにこの世に生まれてきたのだ、と思えるほど。

 

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子どもは完成した花束を早速“自作の花瓶”に飾り、「カメラでとるー♪」とルンルン。自分でiPhoneで写真を撮って喜んでいた。


子どもと一緒に笑いながら、色画用紙を切って貼って・・・。こういう時間が持てるのって、娘が幼児の今だけだろうな。

 

育児を楽しむことって、すごく贅沢なことなのかもしれない。